HOME INFORMATION月1連載「Road to Opal」

Road to Opal 25

時は2001年12月某日
これまで道中、トラブルの女神慕われてか、すでに行脚資金が(もともとたいして持っていない)枯渇しつつあるおじさん2人の旅の先行きは急速に暗雲に包まれ始めようとしていたのである。いや、すでに完全に包囲されていると言っても良いだろう。
ふたりで財布の中身を覗きつつ、切ない表情を互いに見合わせると、おおよそ先々の限界点も見えてくる。この先は駆け足の旅になるであろうと。
Uluruを去ったあと再びオパール鉱山巡りを続けるわけだが、買い付け資金もすでに大半が潰えた今となってはどうしても足早な工程にならざるを得ないであろうことを念頭におきつつ
愛車ファルコン号を再び荒野を走らせることに。
次に目指すはMintabie。当時でもすでにほぼ閉山状態に近い小さなオパール鉱山町だが、かつてはそれなりに栄えMintabieからも数多くのオパールが世の中に送り出されたと聞く。
南オーストラリア州北西部の荒涼とした大地にたたずむ小さな町だが、1900年代初頭当時は主に地元のアボリジニがオパール採掘を行っており、そこで採れたオパールをCooberPedyに持ち込んでは販売していたようだ。その後、欧州人が入植してきてより大規模に、重機を活用して露天掘りを始めたのが1970年代だという。そんなMintabieのオパール鉱山だが、実は2019年末に完全に、正式に閉山してしまい今となっては立ち入りすらおぼつかないようなので、2001年当時に訪れることができたのは今となってははからずとも貴重な経験だった。
上に述べたようにすでにオパール採掘がほぼ停止していたこともあり、さして見るものも、買うものもなく、ボロ宿に一泊して荒野の雰囲気だけを存分を味わうと、次なる目的地へとアクセルを踏んだ。
「穴の中の白人」、この奇妙な名前をもつオパール鉱山町こそが世界的にも良く知られるオパールの一大産地の一つである「CooberPedy」、クーバーペディだ。日本のテレビなどでもたまに紹介されているが、オパール採掘体験や地下ホテルなどで割とよく知られている町だ。1858年に初めて白人の探検家がこの地を訪れ、以来開拓や採掘事業が拡大してゆき、1920年に初めて正式な町の名前として名付けられたのCooberPedy、現地アボリジニの言葉で「穴の中の白人」という意味だという。言葉通り、エリア一体にはかつての採掘跡の穴が無数にあいており、当時の鉱夫たちが実際に住居として住み着いていたことから言いえて妙な町名がつけられたことは容易に想像できる。いまでも実際に地下住居に住んでいる人、そして観光客向けのホテルなどに改造して宿を提供している場所もあるという。
ホワイトオパールや化石貝オパールの産地としても良くしられるのだが、当時の我々は資金も乏しく、比較的値段の安いホワイトオパールにターゲットを絞り何点も買い付けた記憶がある。
少し余談に入りますがMadMax2という映画をご存じだろうか。漫画、「北斗の拳」の元ネタとなった超有名な、あの映画、実はここクーバーペディ周辺で撮影されたのです。世紀末の荒れ果てた世界観を表すには最適だったと思われる土地で、作品のイメージにピッタリだったとか。改造バギーが荒野を走る抜けるシーンなどはとくに映画を見たことがある方ならイメージしやすいと思う。そう、イコール「北斗の拳」の舞台となったと言っても言い過ぎではないのがここクーバーペディ周辺なのです。
そんなクーバーペディをあとに、いよいよオパール旅も最終局面を迎えることになり、オパール鉱山巡りも残すところあと2か所となってしまうのでした。。

次号 月1連載企画最終話(いったん)

「たゆたうオパール道が導くさきとは」

   
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